素朴な疑問(大昔編)
451コメント2016/08/23(火) 14:51
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389. 匿名 2016/08/17(水) 23:17:47
>>388
平安時代は庶民も通い婚で、嫁さんの家に世話をしてもらって、通わなくなったら離婚みたいなユルいスタイルだったようです。
まだ貴族は正室は自分の家に住まわせていたので、そこはきちんとしていたのかも。
源氏物語で源氏が批判されない理由としては、四人の妻を住まわせるために屋敷を建てたり(しかも妻達、一人一人に一つの屋敷を与えて、四つの屋敷をくつつけ、それぞれの屋敷を春夏秋冬に例えた大変華やかなもの)、最期まで何だかんだで面倒見てたからなんです。
蜉蝣日記とか見てもらえば分かるんですが、通わなくなった夫への不満や無責任さに対する批判が凄いですから。
江戸時代、町人文化が花開いた元禄時代などは井原西鶴の「好色一代男」で分かるように、裕福な商家の旦那さんたちはお妾さんを別宅に囲い、庶民や農家では一夫一妻のような感じだったようです。
また、江戸時代の江戸は男性が余っていたようで、嫁取りが中々大変だったようです。
あぶれた男同士が一緒に暮らしていた(恋愛関係あったかは不明)なんてこともあったようです。
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